SSブログ
前の10件 | -

★何故君はウォーキングするのか


ウォーキングを始めたのは2008年1月。 以来、毎年平均1,800km歩き、2013年末累計(延べ)11,000km (日本縦断2往復・地球円周四分の1相当の距離)を越えた*1

これはトレッキングではなく、ノルディックウォーキングでもなく、街や平野・丘陵など平坦なコースをウォーキングするごく普通のウォーカーの歩行距離であり、自慢に値する距離では全くない。

・・・ 因みに75歳を過ぎた千葉県に住む学生時代からの悪友Fのそれは年平均4,100km。つまり小生の2.3倍の実績を保持している。何と毎日天候に関係なく平均11kmウォーキングしている事になる。これは凄い。小生の様に2.5日に一回のペースでウォーキングするとすれば約30km、毎回約38,000歩、時速6kmで5時間歩く事になる。これは正に驚きに値する、凡そ小生如きが真似出来る数字ではない。 ・・・

「どうしてウォーキングするの?・・・きっかけは?」ってよく皆さんから聞かれる。その度に「えぇ、人間足腰が弱ってしまうと、気力が落ち行動半径が狭くなり、社会生活の接点がなくなってしまい、閉鎖的な毎日に陥り、精神的にダメージを受け、何も出来なくなり、遂には『あの世へまっしぐら』・・・って事では侘びしくて忍びないですからねぇ・・・つまり体力維持の為です、ハイ」・・・なんて、もっともらしい在り来りの答えを大方の人にしている。

が、実はそうではなくて、人前では恥ずかしくて言いにくいが、「カッコイイから」なのである。

そこで、どう反応するか、知り合いにそのように言ってみると、・・・「エェッ、なに~、その歳になってカッコイイ云々?・・・オイ・オイ! お前大丈夫かよ、おかしくなったんじゃないの?」・・・そう返ってくる。 そこで初めて私は反論に出る、「どうも皆さん分っていらっしゃらない、『かっこいい』という言葉の真意を」・・・と。そしてトクトクと次のように解説する。すると相手は、失礼にも、何度も「あくび」をしながら、聞くともなく聞いていてくれるが、「う~、まあ価値観は人によりけりだな、お前の気持ちは分からなくもないけど・・・」と何か分かったような、分からないような返事が返ってくる。

東京オリンピック(1964年)入場行進、JWA主催の日本スリーデーマーチ・東京国際スリーデーマーチ・YWA主催の港横浜ツーデーマーチ(いずれもウォーキング大会)、防衛大や体育会系大学の行進パレード等、見たり参加したりしてみれば、その意味はすんなりと理解し得ると思う。つまり、ウォーカーの皆さんそれぞれ、年齢に関係なく「実にかっこいい・凛々しい・楽しそう・壮快・そしてダイナミック」なのである。別の言い方をすれば正に「美しい」のである。

歩く姿が美しいと言う事は、取りも直さず、自然であり・無駄のない・理に叶った・スマートでしかも持久力の付く歩き方なのである・・・但しこれは自説。 まあその真偽はともかく、私はそう信じ込んでいる。

・・・心がけていても、自分の姿が美しいかどうかは第三者が判断すること、悲しいかな自分では鏡に映さない限り分からない。うしろ姿は例え鏡を通しても分からない。だが、いい方法で私は自己満足している。それは、「後ろから太陽を浴びて道に映る自分の影で歩き方を修正する」のである。誰にも知られないから恥ずかしくない。修正は、しかし、そう簡単ではない、生活習慣とは恐ろしいものだ。
家で話を持ち出すと、「いい加減にしろよ」と言わんばかりに、「お爺ちゃん!そりゃー無理って。歳を考えてみろよ!」・・・あげくの果てに、「やめといたら~?」・・・と一笑に付され、息子達に素っ気なくあしらわれてしまう。・・・が、私は止めない、止められない、止める理由が見つからないのである。

ウォーキングをする、その結果として足腰の衰えを抑え、内臓の働きをよくし、体脂肪も抑えられる、生活習慣病の予防にもなり、更には視力の低下を抑え、脳を活性化する効果がある。その事実は体験的に理解出来ている。もっと素晴らしい事は、歩いている時の自分は体も心も「キラキラ」輝いているようで、清々しく・爽快で・楽しい気分になるという事である。

見た目の若返りの効果、これは、悲しいかな諦めざるをえない、エクササイズでは不可能なのである。生命科学の常識を覆すとされる先の理研小保方晴子リーダーグループによる新万能細胞(STAP細胞)の作製成功で、今後の再生医療への応用次第では、老化防止どころか若返りもいずれ可能な時代が来ると言われている。

・・・その時、我世代の奥方面々は(悲しいかな、時すでに遅しで)あの世で、いかにも悔しそうに、じだんだを踏んで只眺めるだけの無念さを込めた虚しい姿、として映し出されて見えて来る・・・。

普段気付かない街のたたずまい、人々の会話、電車や車の流れ、若者たちの躍動的なストリートパフォーマンス、道路いっぱいになって騒がしくも楽しそうな小中学生の帰宅の集団、路地に残された子供たちがチョークで描いた「ケンケンパ遊び」の心躍らされる図柄、都立高校の二階の窓から流れ来る心地よいトランペット・ソロ「花は咲く?」思わず立ち止まって耳を傾ける。

自然の季節の移り変わり、田園、湖水の表情、木々のざわめき、ウグイス・メジロ・シジュウカラ達の鳴き声、せみ時雨、小川のせせらぎ、色とりどりの花々、村祭り、流れる雲、上昇気流に乗って羽ばたきもせず悠然と空に舞うトンビ、シベリア上空を飛びヨーロッパへ向かう銀色に輝くジェット旅客機・・・色々な情景が見え隠れする。


自然の中に抱かれ遊び・学び・好きになったり・喧嘩したりした「半世紀以上も昔になる」子供の頃の、あのセピア色した1950年代の故郷を想い出し、時に涙する。心が洗い清められ、慰められ、癒される。だからウォーキングは止められない。

感じ方・価値観は個人的に異なるものだ。しかし、「アラシックス」~「アラセブン」の「黄昏ウォーカー仲間」からは、おしなべて私の思い(感じ方)と似た様な返事が返ってくる。

 JWA(日本ウォーキング協会)やYWA(横浜ウォーキング協会)が主催するウォーキング大会(エクササイズウォーキング)に私は毎年参加している。コースは通常10km・20km・30km(50kmも設定されている大会もある)の3~4ルートある。何れも山(トレッキング)ではない、せいぜいなだらかな丘陵を含む平坦なコースで、自然の景色や街並み・地域サポーターとの交流・ウォーカー同士の会話等を楽しみながら、どちらかと言えば自分の体力・持久力を距離と時間で確かめる(試す)、中~長距離ウォーキングと言える。それぞれ自分の体力に応じてコースを選ぶのである。

私は通常20kmか30kmのどちらかを選び、1日目は30km(または20km)2日目と3日目は20km(体調が悪ければ10km)歩くのである。


東京国際スリーデーマーチでは外国人(海外からの参加者)を含め毎回約2万5千人(3日間延べ)、日本最大の大会である日本スリーデーマーチへの参加者は全国から毎回7万人(3日間延べ)を超える人達が集まり、自慢の健脚を楽しむのである。千葉の悪友Fも常連である。ポール(スティック)を用いたノルディックウォーキング形式での参加者も最近は多い。

年齢層は60歳代が最も多いが70歳・80歳代も結構いらっしゃる。さすがに大会参加者だけに、皆さん時速6kmを越える強者ぞろいで、私などはついていくのに必死である。

だが、実に楽しいし、爽快であり、ゴールした時の達成感は格別である。脳内ドーパミンが増えて?幸せな気分になり、明日へのモチベーションが高揚する。・・・Be patient and don’t give up! TOMORROW is a NEW DAY and anything can happen. ・・・と。 だから自分の体に多少の負荷を負わせてでも、鞭打ってウォーキングをするのである。



図1.ウォーキングゼッケンDSCN0801.JPG

図1.ウォーキングゼッケン(JWA:左側2枚や、YWA:右端の大会別ゼッケン)

・・・自分のコース(歩行距離)とメッセージ(思い)を当日配布されたゼッケンに記入し、リュックの背にピンで止め大会に挑む。ウォーカーはこのゼッケンを見て互いに「やー!ハーィ!(Hi! Hey!)」・・・ と声を掛け合い挨拶をする。・・



図2.ウォーキングスタイル.png

図2.ウォーキングスタイル

========================================

 注: *1 小生のウォーキングはスポーツウォーキング(エクササイズウォーキング)に近い。ウォーキングは平均2.5日に一回行い、一回当たり平均「18,000歩、14km、2.5時間、740Kcalのエネルギー消費」である。この数字は、ウォーキングそのものの値であり、日常の生活での歩行数は含めていない。日頃、車は殆ど使わず、片道4~5km程度の場所なら専ら歩きであるので、日常の歩行を含めると、毎日10,000歩ちょっと程度で、年間2,800km余り歩く事になる。

(2014年2月13日)

 


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

★「今何とか言いなすったね」


11月16日、その日は第10回シニアクラブ演芸大会。 会員25名近くを擁するカラオケ同好会からは「我等がプリマドンナ “マリちゃん”」 を、同好会のプライドに賭けて大会に送り込んだ。そして、会場のもみじホールへ皆で応援に馳せ参じた。


300人近くに及ぶ観衆を前に13時23分マリちゃんの歌は始まった。

040878m顔決定.GIF・・・「おかみさん、今何とか言いなすったね、『親子の名のりがしたかったら、堅気の姿で尋ねて来い』と言いなすったが~」との名セリフ入り「瞼の母」((長谷川伸の戯曲「瞼の母」が歌の出何処である。「忠太郎と、幼い頃別れて江戸の料理屋の女将に納まっていた、恋焦がれた母との20年振りの出会いのシーン」が歌の舞台となっている))・・・をマリちゃんは熱唱した。 

カリスマ性を秘めた固い信念と、強力なインパクトを与える優れた歌唱力を持つ彼女は、その張りのある声で「歌の心」(忠太郎と母親の心の葛藤)を巧みに表現し、聴衆を魅了し、会場はひときわ大きな拍手と声援で沸いた。大成功であった。


この事は、カラオケをはじめ、コーラス・民謡・音楽バンド・美術等々若葉台が持つ芸術ケーパビリティー(ポテンシャル)の高さを、城山の皆さんをして「改めて知らしめた(印象付けた)」と言って過言ではないだろう。 


マリちゃん! 歌う前は「緊張で足がガタ・ブルょ~!」って言ってたけど、よかった、落着いてうまく歌えて実に素晴らしかった!  先生曰く、「そうだ、よかった、一番上手かった」と。 大変お疲れ様! ♪o8(^-^ )8o♪

h4007 (2)花束.jpg
・・・「サーテッと次は・・・」。エーッ?まだ感激の余韻も冷め切らない最中ってのに、早くも 「来年誰にするか」ですって?・・・そりゃあ、まあー、皆さんやる気満々で大変素晴らしいこと。 だけど、少しせっかち過ぎってもんじゃござんせんか?「神のお告げの時期を待つしかない」・・・と言うのに!です。ハイ・・・。


実は、皆さん日頃こうして明るく・楽しみながら、互いに切磋琢磨し、エキサイティングに色んな歌に挑戦し合いながらレベルアップを図りレパートリーを広げているのである。こうした雰囲気を失くさない限り、同好会の人気は今後も決して衰える事はない(サステーナブル)だろうし、また地域コミュニティーの活性化に貢献する事間違いなし・・・そのように思う。 ♪o(*L*)o♪。 (201312月12日)


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

★実は知らなかった


カラオケ同好会と言うサークル活動があること自体、実は知らなかった。

知人が「ほっこりーな」に午前中参加して居ると聞いていて、或る用事でその知人に会うと決めたのは良いが、実は知人の電話も住所も知らず「ほっこりーな」がいつあるのかも分からず困っていた。


且つて何かの都合で若葉台会館へ行った時、確か入り口近くに予定表(掲示板)があったことを思い出し、「ほっこりーな」の予定日時を確認しようと会館を訪れた。

・・・十数年に一回の輪番制の自治会班長役で訪れたり、趣味の作品展で出品する以外全く訪れていなかったし、正直なところ行事には殆ど興味もなかったのである・・・


で、その掲示板を眺めていると「カラオケ」と言う表示があって毎週のように活動日程が組まれているのが目に飛び込んで来た。

・・・仕事もボランティア活動も終わり、時間的に余裕が出て来ている現在、私は何と無く気分的に落着かず「人恋しく?」なっていたのである。人間は決して一人では生きていけない、社会の中で人と人との関わり合いを通じて生き甲斐を見出し人生を歩むのである・・・


これまで「城山うたごえサロン」に3年間参加していたので歌の魅力は感じていた。しかし、一人で歌う事には抵抗を感じていた。

「カラオケ」が予定されていた3月の或る日、ぶらりと様子を見に会館へ出かけた。受付で100円渡し3時間余り楽しんだ。同好会の皆さんは非常に明るくいかにも歌を歌うことが大好きな様子で大変楽しんで歌っておられるのである。結局私はその雰囲気に魅せられ呑まれてしまい、恥ずかし気もなく下手くそな歌をドキドキ・ヒヤヒヤしながら3曲も歌ってしまった。歌ったというより歌わされてしまったのである。・・・それでいい、恥はかき捨てでいい・・・そう自分に言い聞かせた。


腹の底から声を出して歌う(普段、腹の底から声を出すなんてことは殆どない。)、また適度な緊張感がある。皆さんと歩調を合わせて歌うには事前の予習が相当必要であり、準備作業が伴う。脳の働きも刺激を受け活発化し老化防止にも役立つ。そして何よりも歌は人の心をつなぐ。・・・これは行けそうだな、虜になりそうだな・・・そう感じた。結局は油絵と中距離タウンウォーキングとPC、この他に今回カラオケが新しく私の趣味の仲間入りとなった。


後で知ったのだが自治会からは独立した「若葉台クラブ」と言う一つの組織の下、カラオケ以外にも数多くのサークルがあってそれぞれ若葉台クラブのバックアップ(助成・補助)を受け活動している。またカラオケ同好会は他の活動(事業)にも積極的に働きかけ、いろんな場面で主導的活動を行っているとの事である。素晴らしい事ではないか。


私はカラオケ以外のサークル活動をする積りは今の所ないが、若葉台住民の一人として例え一つであっても積極的に参加する事で、人とのつながりを通して地域コミュニティーの活性化に多少なりとも寄与出来れば良いと思っている。

***** Variety is the spice of life. *****


Galaxy★2b黒角.PNG

地域包括支援センターが協力・毎月一回実施(150200人程度参加)・若葉台在住シャンソン歌手のリードの下参加者全員で名歌(唱歌や抒情歌・ポピュラ―等)を歌唱する。


 201384



nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

★「若葉台は高度少子高齢化?」  

若葉台クラブの会員数が116人と聞いて、まてよ、じゃあ若葉台の人口構成はどうなっているんだろう・・・と気になり始めた。

そこで、若葉台自治会のホームページを覗いてみた。が、何の情報も得られなかった。何故その様な重要な情報がそこに掲載されていないのか疑問に思ったが、諦めて、定期的に統計を出している市及び総務省のホームページを検索した。

そこには詳細な人口統計が公表されていた。市民への重要な情報公開サービスである。

さっそく自分流のデータ分析を試みたら、がっかりすると言うか悲しむべきと言うか、所謂問題となっている少子高齢化社会の縮図の様なものが見て取れた。 以下思いついたまゝ記してみた(表1参照)。


平成251月の市統計資料に依ると、若葉台の総人口2,442に対して何と60歳以上の高齢者人口は1,347(総人口の55.2)で、既に若葉台住民の2人に1人が60歳以上の高齢者なのである。正直なところ高齢化がここまで進んでいるとは思っていなかった。


**** ところで、当若葉台クラブの8月末現在の会員総数は116(原則60歳以上の若葉台在住・在籍者が対象で自主参加)。と言う事は。対象者総数の8.6しか当クラブに加入していないのである。私は役員でも何でもないので、この値に対する論評は差し控えたい。

クラブの会則では、傘下のサークル活動への参加は当クラブに加入しなくても参加できる事になっている。ただし、各サークルは当クラブからの助成金を得て活動しており(この助成金の原資は会費の他・資源回収等の自主事業収益・それに市と自治会からの補助/交付金等であるので)、当クラブの会員となってサークル活動をするのが常識である。また、若葉台の外部の人の参加はあり得ない。****


次に、総務省の平成25年1月の人口統計資料に対応し、総務省の言う、年少人口(014歳)生産年齢人口(1564歳)老年人口(65歳以上)と言う人口形態別に編集して見てみると、若葉台の老年人口は947人、全体に占める比率は38.8全国平均を14.5%上回っている。また老年人口は年少人口(170人)を777人(4.6倍)上回っている

一方、生産年齢人口は全体の54.3%を占め8.4%、年少人口は全体の7%を占め6.0%それぞれ全国平均を下回っている。更に第一次ベビーブーマーと言われる年代層(若葉台では約35%を占める)が数年の間に老年人口に移る事になる。つまり、若葉台の現状少子高齢化が際立って進行していると言える。


尚、平成231月の人口統計資料と比較して見ると、若葉台はこの2年間に全体で117人減少。 内訳は何と老年人口が150人増加し生産年齢人口が244人減少年少人口が23人減少している。正に少子高齢化が急速に進行している現状を示している。


平成23年7月の厚労省発表によると、日本人の平均寿命は男性が79.64歳 、女性が86.39 歳である。

我々70歳代前後の者に残された人生は全体の1/8(10~15年)、言わば、あの世に片足を突っ込んだ状態で毎日を送っているのである。ピンピンコロリでない限りその内の凡そ2/3(6~10年)が健康で過ごせる期間であろうと思う。

時間は容赦なくあっという間に過ぎて行く。退職後の十余年が何と早く過ぎた事か。我々にはもう僅かの時間しか残されていない。サークル活動に参加したり、趣味を楽しんだり、一秒一秒・瞬間たりとも無駄にする事なく精一杯生きたい、そして最期に「変化に富んだ幸せな人生であった」と自分自身率直に言い切れるそのような余生を送りたい・・・そう思っている。

若葉台人口001.jpg

若葉台人口002.jpg



nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

★兄逝く

2013年2月13日、心の支えであった兄が突然他界し76歳の人生を終えた。
脳出血で突然倒れ・手術・一年間のリハビリの後、世を去った。

人の命は果敢なく空しい、がしかし、逝く者もあれば生を受ける者もある。つまり、世の中すべからく「諸行無常」である。この年余り、私の心はずっと悲しみに沈んだままだった

両親は既にこの世を去っており、今度は兄弟との悲しい別れである。2つ上の姉と私にとって、1960年代以降の兄は正に親代わりの存在であり心の支えであった。

地方の農政事業を指揮し名声を得た兄は豪放磊落・闊達で陽気な酒豪でもあった為か、多くの人脈とつながり多方面からの厚い信望を集めていた。

76歳とはまだ若い、平均寿命にも達していない。「人生の楽しみはこれから」という時に逝ってしまった。

「筆法」が得意であった兄は生前「写経」に没頭していて、掛け軸に限らず、けやきやひのきの板、さらには瓢箪といった物にまで克明にぎっしりと毛筆で「経文」を書き込み数多くの作品を残している。

手術後の兄は、死ぬまで殆ど「無意識」のような状態で病院のベッドで横たわったままであった。兄の人生は多くの苦労はあったにせよきっと「幸せ一杯」であったであろうと思う。兄と会う度、人に元気を与える普段の姿からその様な雰囲気がいつも見て取れたからである。がしかし、倒れてからのベッドでの一年間は恐らくやり残したことも多くあり、さぞかし無念であったに違いない。倒れる直前まで非常に元気で衰えなど全く感じさせずエネルギッシュに動き回っていた事からも、そう思えてならない。

「この世に命を与えてくれた両親、それに血を分けた兄弟姉妹」この「我々の代」は何れそう遠くない内にこの世を去る。そして次の代、つまり子の代、孫の代・・・へとまるで水が流れる如く静かに何事もなかったように引き継がれて行く。

死は誰にも必ず訪れる。脳細胞が壊れてその結果として訪れる人類の宿命である。しかし、人間は皆「心と魂」を宿しているが故に、日頃の成長過程で「愛が育まれ、絆が結ばれ」人の死を「悲しむ」のである。
しかし、いつまでも悲しみの中で沈んでいることは許されない。「Life is short and time is swift. Everything is transient.」。つまり、人生は短く時は容赦なく過ぎる、世の中すべからく「諸行無常」なのである。

(2014年3月)


★リニア中央新幹線駅-神奈川は橋本駅南口相原高校付近地下


JR東海は18日リニア中央新幹線で品川~名古屋間の各駅及び車両基地の位置等を発表した。この区間の完成(開業)は14年後2027年だそうである。

私の住む相模原市緑区に駅と車両基地が出来る。その経済効果は大きく市の発展に夢と希望を与えると期待されている。

JAXA以外に特徴付ける物が何一つない相模原市に、一つのランドマーク的なものが出来ると言っていいだろう。完成後の発展を大いに期待したい。

メディアは次のように報じている。


■【リニア中央新幹線】駅位置は地元要望の相原高校地下に計画 相模原市長「車両基地など観光資源に」
2013.9.18 22:04 産経ニュース

JR東海が18日、神奈川県などに提出したリニア中央新幹線の環境影響評価(アセスメント)準備書で、県内を通る約40キロの計画ルートと駅や車両基地の具体的な位置のほか、新たに9カ所の非常口なども示された。

これまで直径5キロの概略図だった駅位置は、県や相模原市が誘致していた橋本駅前の県立相原高校(同市緑区)の地下とされた。関東車両基地は緑区鳥屋(とや)付近の地上に決まった。

県内ルートはほぼ直線で、約38キロがトンネル。

川崎市内では大深度(地表から40メートル)の地下トンネルとなる。換気や防災上から非常口を約5キロ間隔で設置するため、まとまった企業用地などを計画地に選定。

面積約50ヘクタールの車両基地は小中学校の移転が生じないよう計画すると記載されたほか、車両基地への引き込み線も新たに盛り込まれた。県によると、JR東海は車両基地の用地取得にあっせんの協力を求めており、県や市が引き受ける方向でJRと調整を行っているという。

準備書は20日から11月5日まで、県内各地で縦覧。県審査会の答申や関係市町村、県民の意見を県がとりまとめ、早ければ半年後に知事意見をJR東海に提出する。

県内駅をめぐっては、県が建設による県内経済波及効果(10年間)を建設投資額約8400億円、生産増加額約2800億円と推計地域活性化への期待が大きい

地元の相模原市の加山俊夫市長は18日会見し、「まちづくりに弾みがつく。車両基地の決定は駅と並んで大きなインパクト。地上を走行する場所や駅と併せ観光資源として整備したい」と構想を披露。希望する駅名を尋ねる質問には「相模原というより神奈川の駅」と明言を避けた

黒岩祐治知事は記者団に「夢が現実の形としてみえてきた手応えを覚えている。駅位置が要望通りに決まり大歓迎だ」と述べ、相原高校を緑区内の移転候補地へ移す費用をJR東海に求めたい考えを示した。

一方、計画ルートが通過する川崎市の阿部孝夫市長は「工事に伴う影響もあり、JR東海には(アセスの)手続きのなかで市民の理解が得られる対応を望む」とのコメントを出した。

また、横浜市の林文子市長は同日の定例会見で、「(横浜市内から橋本駅につながっている)JR横浜線の重要性が高まる」と指摘し、「横浜線の輸送力増強などをJR東日本に働きかけていきたい」と期待を込めた.

biz13091814530014-p2リニアルート.jpg
リニア中央新幹線のルート


kng13091822020003-p1リニア橋本駅付近.jpg
リニア中央新幹線の駅設置場所に決まった橋本駅周辺=18日、相模原市緑区
(相原高校の校舎校庭を望む)

kng13091820360002-p1リニア相模原駅.jpg

相模原市でリニア駅建設予定地となるJR橋本駅(中央)周辺(共同通信社ヘリから)



biz13091820570035-p3リニア基地.jpg

相模原市のリニア車両基地建設予定地周辺。右は宮ケ瀬湖(共同通信社ヘリから)




 

Final plan of Japanese maglev train unveiled
Sep. 18, 2013 - Updated 04:51 UTC
 
NHKWORLD
 A Japanese railway company has unveiled the final blueprint for its next-generation maglev train service linking Tokyo and Nagoya. Its goal is to start service in 2027.

Central Japan Railway Company President Yoshiomi Yamada announced the route and stations to be served at company headquarters in Nagoya on Wednesday.

According to the plan, terminals will be built at Tokyo's Shinagawa station and Nagoya station, both underground, with 4 stations between them. Most of the route will be in underground tunnels that run through mountainous regions in central Japan.

Also on Wednesday, Central Japan Railway Company, know as JR Tokai, submitted documents about the possible impact of the route's construction on 39 municipalities in 7 prefectures.

JR Tokai hopes to begin construction in the next fiscal year that starts in April after explaining the plan to residents of affected areas.

The magnetically-levitated train will link Tokyo and Nagoya in 40 minutes, about one hour less than the current Shinkansen bullet train.

JR Tokai plans to extend the route beyond Nagoya to Osaka in 2045, linking Tokyo and Osaka in 1 hour 7 minutes. The train is designed to have a maximum speed of 500 kilometers per hour.

Total cost for the railway from Tokyo to Osaka is estimated at about 90.3 billion dollars.

The Japan Foreign Trade Council Chairman Shoei Utsuda said the project will not only have an economic impact by showcasing Japan's advanced technologies to the world, but also reinvigorate Japan itself.
Sep. 18, 2013 - Updated 04:51 UTC


 


★ボイジャー1号太陽系を脱出


NASA12日「Voyager 1が太陽系の外へ昨年の825日頃脱出したと見られる。太陽系外の恒星間空間 ”interstellar space”に到達した初の人工物である。」と米科学誌サイエンス電子版に発表した事を13日付各メディアは報じている。

そのボイジャー1号は1977年に打ち上げられ「はやぶさ」の総飛行距離の3倍以上を36年かけて旅し現在太陽から約187km付近(恒星間空間)を時速約6kmの速度で飛行中である。次の恒星との出会いは約4万年後(但しボイジャー1号の電源寿命は2020年頃迄で通信は途絶える)であるが、果たしてその頃人類が存続しているかの保証はない・・・との事だそうである。

ボイジャー1号は197980年にかけて木星の表面の「大赤斑、”
Great red spot」と言われる模様(地球の直径の2倍以上もある大きな水素とヘリュームから成る大気の渦)や、土星の輪の鮮明なデータを送信して来た事で有名で、我々に驚きと感動を与えてくれた。



NASA: Voyager 1 has left the solar system

Sep. 13, 2013 - Updated 03:09 UTC
 NHK WORLD 

scn13091314330003-p3ボイジャー1号.jpg
The US space agency NASA says its spacecraft

Voyager 1 has become the first artificial object to leave the solar system. NASA hails the achievement as a historic event.

NASA announced on Thursday that the unmanned spacecraft launched in 1977 is about 19 billion kilometers from the Sun. The probe is cruising in interstellar space --- the space between the stars.

After analyzing data sent from Voyager 1 earlier this year, scientists at NASA and the University of Iowa concluded that it exited the solar system in August last year.

The data showed a decrease in the density of charged particles emanating from the Sun and a spike in the number of cosmic rays from outside the solar system.

Voyager 1 was launched 36 years ago to survey the outer planets.

It transmitted clear images of Jupiter's surface patterns and Saturn's rings.

The spacecraft is travelling at a speed of 60,000 kilometers per hour and is expected to send data back to Earth until around 2020, when it will run out of fuel.

Scientists have high hopes that Voyager 1 will help them to make new discoveries about the universe.  
  



ボイジャー太陽系脱出
朝日新聞 913日朝刊

 

ボイジャー1号太陽系離脱001.jpg ボイジャー1号太陽系離脱002.jpg

ボイジャー1号太陽系離脱003.jpg




■ボイジャー
1号、太陽圏脱出を確認 恒星間空間を航行中


2013年
0913 0855分
提供元:ITmedia ニュース


scn13091314330003-p3ボイジャー1号.jpg
太陽圏を脱出したボイジャー
1号のイラスト=NASA


米航空宇宙局(NASA)は912日(現地時間)、1977年に打ち上げた探査船「ボイジャー1号」が太陽圏(heliosphere)を昨年8月に脱出したことを確認したと発表した。恒星間空間に到達した初の人工物となる。

ボイジャー1号は2004年、太陽風が星間物質との相互作用で減速する「末端衝撃波面」を通過。現在は地球から190億キロの地点を秒速約17キロで航行している。

アイオワ大学の研究チームがデータを調べたところ、ボイジャー1号周辺のプラズマ密度は、太陽圏の外側の層で検知した密度の40倍に上っていた。太陽風と星間物質が混ざり合う「ヘリオポーズ」を脱し、恒星間空間に到達したと考えられるという。

ボイジャー計画の科学者であるエドワード・ストーン元JPL所長は、分析結果について「これは恒星間空間への人類の歴史的跳躍だと信じている」と述べている。研究結果は米科学誌「Science」に掲載された。

データの分析から、ボイジャー1号が恒星間空間に到達したのは2012825日だったと特定した。太陽から183億キロの距離だった。

ボイジャー1号は197795日に打ち上げられ、1979年に再接近した木星表面の鮮明な写真を送信するなど、ボイジャー2号とともにさまざまなデータを送った。1990214日、最後の写真として撮影された「太陽系の家族写真」には6惑星が写っている。

原子力電池で動作しているが、NASAによると2020年ごろから限界に達し始め、科学的観測機器を1つずつオフにする作業を開始する。最後の観測機器は25年ごろまで動作し、工学的データはさらにその後数年は取得できると考えられている。

ボイジャー2号は1号より34億キロ太陽に近い位置を航行中で、まだ太陽圏を脱していないと考えられている。

ボイジャー1号はへびつかい座の方向に向かって航行しており、約38000年後には1.7光年の位置にあるこぐま座の星に近づくという。

NASA
によると、ボイジャー1号と2号にかかったコストは9月の時点で約98800万ドルだという。



米探査機ボイジャーついに太陽系外へ 打ち上げから36年、人工物で初

2013.9.13 09:11産経ニュース

scn13091314330003-p3ボイジャー1号.jpg
太陽系外に広がる星間空間を飛行する米探査機「ボイジャー1号」の想像図(NASA提供・共同)

米航空宇宙局(NASA)は36年前に打ち上げられた米探査機「ボイジャー1号」が太陽系の端の領域を越え、人工物体として初めて太陽系外に広がる星間空間に旅立ったことが確認されたと、米科学誌サイエンス電子版に発表した。

太陽系の最も端に達したことは分かっていたが、データ分析の結果、出ていたことが判明した。NASAの研究者は「星間空間に人類が踏み出した歴史的な出来事だ」としている。

NASAのチームは、ボイジャー1号が今年春に観測したデータを使い、太陽から送り出される「太陽風」と呼ばれる粒子の流れと太陽系外から飛来する宇宙線の変化を分析。太陽風が衰える一方で、宇宙線に由来する電子の密度が高くなっていることから、星間空間にあると結論付けた。太陽系を出た時期は昨年8月25日ごろとみられる。

ボイジャー1号は1977年に打ち上げられ木星や土星に接近、写真を撮影。現在は太陽から約190億キロ離れたところを時速約6万キロで飛行中。(共同)



■木星の模様、土星の輪…成果残したボイジャー「36年の旅」

2013.9.13 14:30 産経ニュース



scn13091314330003-p2銅製レコード.jpg
ボイジャーに搭載された世界のあいさつなどを記録した銅製のレコード。

金張りでゴールデンレコードと呼ばれる(NASA提供)


太陽系から旅立ったことが確認されたボイジャー1号。打ち上げから36年にわたる旅の間、木星の模様や土星の輪の詳細な写真を撮影するなど2号とともに輝かしい成果を挙げてきた。


1977年夏、ボイジャー1、2号が米フロリダ州のケネディ宇宙センターから打ち上げられた。1号は79年3月、太陽系最大の惑星の木星に最接近し、2号も同年7月に到達した。観測で木星の表面にある「大赤斑」という模様が、反時計回りに動く複雑な大気の流れであることが判明。木星の衛星3個を新たに発見した

80~81年には太陽系で2番目に大きい土星に到達。岩石が集まってできた土星の輪を撮影、新たな衛星を発見した。1号はその後、太陽系外を目指し、2号は86年に天王星、88~89年に海王星を探査した。

地球外の知的生命体に遭遇した場合にも備え「ゴールデンレコード」という金を張った銅製レコードと再生用の針を搭載。波や風、雷の音や動物の鳴き声、クラシック音楽や日本の尺八の音色も収められた。



scn13091314330003-p1木星表面.jpg
ボイジャー1号が木星に接近して撮影した表面の斑点(NASA提供)


scn13091314330003-p3ボイジャー1号.jpg
太陽系外に広がる星間空間を飛行する米探査機「ボイジャー1号」の想像図(NASA提供)


scn13091314330003-p4土星.jpg
1980年にボイジャー1号が撮影した土星(NASA提供)



NASA HP

Voyager Embarks on Journey Into Interstellar Space

scn13091314330003-p3ボイジャー1号.jpg

NASA's Voyager 1 spacecraft officially is the first human-made object to venture into interstellar space.

The 36-year-old probe is about 12 billion miles (19 billion km) from our sun. New and unexpected data indicate Voyager 1 has been traveling for about one year through plasma, or ionized gas, present in the space between stars.

> Voyager Mission Page



How Do We Know When Voyager Reaches Interstellar Space?

Sept 12, 2013

pia17046red-full_1少.jpg

You Are Here, Voyager: This artist's concept puts huge solar system distances in perspective. The scale bar is measured in astronomical units (AU), with each set distance beyond 1 AU representing 10 times the previous distance. Each AU is equal to the distance from the sun to the Earth. It took from 1977 to 2013 for Voyager 1 to reach the edge of interstellar space.

Image Credit: NASA/JPL-Caltech

Image Token: Feature Link: 



pia17460heliosheathlayers_0.jpg
Layers of Intrigue: This illustration shows the outer layers of our solar bubble, or heliosphere, and the interstellar space that Voyager 1 is currently investigating.

Image Credit: NASA/JPL-Caltech

Image Token: Feature Link: 



Whether and when NASA's Voyager 1 spacecraft, humankind's most distant object, broke through to interstellar space, the space between stars, has been a thorny issue. For the last year, claims have surfaced every few months that Voyager 1 has "left our solar system." Why has the Voyager team held off from saying the craft reached interstellar space until now?


"We have been cautious because we're dealing with one of the most important milestones in the history of exploration,” said Voyager Project Scientist Ed Stone of the California Institute of Technology in Pasadena.  “Only now do we have the data -- and the analysis -- we needed."


Basically, the team needed more data on plasma, which is ionized gas, the densest and slowest moving of charged particles in space. (The glow of neon in a storefront sign is an example of plasma.) Plasma is the most important marker that distinguishes whether Voyager 1 is inside the solar bubble, known as the heliosphere, which is inflated by plasma that streams outward from our sun, or in interstellar space and surrounded by material ejected by the explosion of nearby giant stars millions of years ago. Adding to the challenge: they didn't know how they'd be able to detect it.


"We looked for the signs predicted by the models that use the best available data, but until now we had no measurements of the plasma from Voyager 1," said Stone.

 

Scientific debates can take years, even decades to settle, especially when more data are needed. It took decades, for instance, for scientists to understand the idea of plate tectonics, the theory that explains the shape of Earth's continents and the structure of its sea floors. First introduced in the 1910s, continental drift and related ideas were controversial for years. A mature theory of plate tectonics didn't emerge until the 1950s and 1960s. Only after scientists gathered data showing that sea floors slowly spread out from mid-ocean ridges did they finally start accepting the theory. Most active geophysicists accepted plate tectonics by the late 1960s, though some never did.


Voyager 1 is exploring an even more unfamiliar place than our Earth's sea floors -- a place more than 11 billion miles (17 billion kilometers) away from our sun. It has been sending back so much unexpected data that the science team has been grappling with the question of how to explain all the information. None of the handful of models the Voyager team uses as blueprints have accounted for the observations about the transition between our heliosphere and the interstellar medium in detail. The team has known it might take months, or longer, to understand the data fully and draw their conclusions.


"No one has been to interstellar space before, and it's like traveling with guidebooks that are incomplete," said Stone. "Still, uncertainty is part of exploration. We wouldn't go exploring if we knew exactly what we'd find."


The two Voyager spacecraft were launched in 1977 and, between them, had visited Jupiter, Saturn, Uranus and Neptune by 1989. Voyager 1's plasma instrument, which measures the density, temperature and speed of plasma, stopped working in 1980, right after its last planetary flyby. When Voyager 1 detected the pressure of interstellar space on our heliosphere in 2004, the science team didn't have the instrument that would provide the most direct measurements of plasma. Instead, they focused on the direction of the magnetic field as a proxy for source of the plasma. Since solar plasma carries the magnetic field lines emanating from the sun and interstellar plasma carries interstellar magnetic field lines, the directions of the solar and interstellar magnetic fields were expected to differ.


Most models told the Voyager science team to expect an abrupt change in the magnetic field direction as Voyager switched from the solar magnetic field lines inside our solar bubble to those in interstellar space. The models also said to expect the levels of charged particles originating from inside the heliosphere to drop and the levels of galactic cosmic rays, which originate outside the heliosphere, to jump.


In May 2012, the number of galactic cosmic rays made its first significant jump, while some of the inside particles made their first significant dip. The pace of change quickened dramatically on July 28, 2012. After five days, the intensities returned to what they had been.  This was the first taste of a new region, and at the time Voyager scientists thought the spacecraft might have briefly touched the edge of interstellar space.


By Aug. 25, when, as we now know, Voyager 1 entered this new region for good, all the lower-energy particles from inside zipped away. Some inside particles dropped by more than a factor of 1,000 compared to 2004. The levels of galactic cosmic rays jumped to the highest of the entire mission.  These would be the expected changes if Voyager 1 had crossed the heliopause, which is the boundary between the heliosphere and interstellar space. However, subsequent analysis of the magnetic field data revealed that even though the magnetic field strength jumped by 60 percent at the boundary, the direction changed less than 2 degrees. This suggested that Voyager 1 had not left the solar magnetic field and had only entered a new region, still inside our solar bubble, that had been depleted of inside particles.


Then, in April 2013, scientists got another piece of the puzzle by chance. For the first eight years of exploring the heliosheath, which is the outer layer of the heliosphere, Voyager's plasma wave instrument had heard nothing. But the plasma wave science team, led by Don Gurnett and Bill Kurth at the University of Iowa, Iowa City, had observed bursts of radio waves in 1983 to 1984 and again in 1992 to 1993. They deduced these bursts were produced by the interstellar plasma when a large outburst of solar material would plow into it and cause it to oscillate.  It took about 400 days for such solar outbursts to reach interstellar space, leading to an estimated distance of 117 to 177 AU (117 to 177 times the distance from the sun to the Earth) to the heliopause. They knew, though, that they would be able to observe plasma oscillations directly once Voyager 1 was surrounded by interstellar plasma.


Then on April 9, 2013, it happened: Voyager 1's plasma wave instrument picked up local plasma oscillations. Scientists think they probably stemmed from a burst of solar activity from a year before, a burst that has become known as the St. Patrick's Day Solar Storms. The oscillations increased in pitch through May 22 and indicated that Voyager was moving into an increasingly dense region of plasma. This plasma had the signatures of interstellar plasma, with a density more than 40 times that observed by Voyager 2 in the heliosheath.


Gurnett and Kurth began going through the recent data and found a fainter, lower-frequency set of oscillations from Oct. 23 to Nov. 27, 2012. When they extrapolated back, they deduced that Voyager had first encountered this dense interstellar plasma in August 2012, consistent with the sharp boundaries in the charged particle and magnetic field data on August 25.


Stone called three meetings of the Voyager team. They had to decide how to define the boundary between our solar bubble and interstellar space and how to interpret all the data Voyager 1 had been sending back. There was general agreement Voyager 1 was seeing interstellar plasma, based on the results from Gurnett and Kurth, but the sun still had influence. One persisting sign of solar influence, for example, was the detection of outside particles hitting Voyager from some directions more than others. In interstellar space, these particles would be expected to hit Voyager uniformly from all directions.


"Now that we had actual measurements of the plasma environment – by way of an unexpected outburst from the sun – we had to reconsider why there was still solar influence on the magnetic field and plasma in interstellar space," Stone said.

 

"The path to interstellar space has been a lot more complicated than we imagined."


Stone discussed with the Voyager science group whether they thought Voyager 1 had crossed the heliopause. What should they call the region were Voyager 1 is?

 

"In the end, there was general agreement that Voyager 1 was indeed outside in interstellar space," Stone said. "But that location comes with some disclaimers – we're in a mixed, transitional region of interstellar space. We don't know when we'll reach interstellar space free from the influence of our solar bubble."

 

So, would the team say Voyager 1 has left the solar system? Not exactly – and that's part of the confusion. Since the 1960s, most scientists have defined our solar system as going out to the Oort Cloud, where the comets that swing by our sun on long timescales originate. That area is where the gravity of other stars begins to dominate that of the sun. It will take about 300 years for Voyager 1 to reach the inner edge of the Oort Cloud and possibly about 30,000 years to fly beyond it. Informally, of course, "solar system" typically means the planetary neighborhood around our sun. Because of this ambiguity, the Voyager team has lately favored talking about interstellar space, which is specifically the space between each star's realm of plasma influence.

 

"What we can say is Voyager 1 is bathed in matter from other stars," Stone said. "What we can't say is what exact discoveries await Voyager's continued journey. No one was able to predict all of the details that Voyager 1 has seen. So we expect more surprises."

 

Voyager 1, which is working with a finite power supply, has enough electrical power to keep operating the fields and particles science instruments through at least 2020, which will mark 43 years of continual operation. At that point, mission managers will have to start turning off these instruments one by one to conserve power, with the last one turning off around 2025.

 

Voyager 1 will continue sending engineering data for a few more years after the last science instrument is turned off, but after that it will be sailing on as a silent ambassador. In about 40,000 years, it will be closer to the star AC +79 3888 than our own sun. (AC +79 3888 is traveling toward us faster than we are traveling towards it, so while Alpha Centauri is the next closest star now, it won't be in 40,000 years.) And for the rest of time, Voyager 1 will continue orbiting around the heart of the Milky Way galaxy, with our sun but a tiny point of light among many.

 

The Voyager spacecraft were built and continue to be operated by NASA's Jet Propulsion Laboratory, in Pasadena, Calif. Caltech manages JPL for NASA. The Voyager missions are a part of NASA's Heliophysics System Observatory, sponsored by the Heliophysics Division of the Science Mission Directorate at NASA Headquarters in Washington.

 

For more information about Voyager, visit: http://www.nasa.gov/voyager and http://voyager.jpl.nasa.gov .

 

Jia-Rui Cook 818-354-0850
Jet Propulsion Laboratory, Pasadena, Calif.
jccook@jpl.nasa.gov

2013-278       




 

★Graduation

 「仰げば尊し」は1884年「小学唱歌集」第3編に紹介されて以来昭和30年代頃まで小中高卒業式によく歌われ、中高年の日本人には特別の忘れ難い思い出の歌であり、私も毎年3月頃になると思い出し、生まれ育った故郷のスクールメイトや恩師や学び舎の事を懐かしく偲ぶのである。

原曲は1871年ニューヨークで出版された教本 “THE SONG ECHO” に掲載(初出)の[Song for the Close of School, 作曲はH.N.D, 作詞はT.H. Brosnan ]である(この事を2011年に一橋大学名誉教授が発見)。だが仰げば尊しとは歌詞の内容が異なる。

先生に対する尊敬と謝恩・立身出世に関することは原曲には全く歌われていない。
原曲で歌われていることは、「幼い頃から共に生活をし学んで来た級友(スクールメイト)・学び舎(スクールルーム)との別れを惜しむ、結ばれた絆は解かれ(さよならを告げ)夫々がこれから独自の道を歩む、別れても昔の友の事は決して忘れない、そして最後には神の御下で再会する・・・・」と言った内容である。

この違いは我が国では1872年に学制が公布され近代学校制度の先駆けとなった小学校の設立が始まり、学問の近代化・国の近代化がバックグラウンドにあって大槻文彦その他の共同作詩者が国の方針に沿って教師への謝恩・立身出世と言った内容を盛り込んだのであろうと想像される。


ところで、ここにもう一つの「仰げば尊し」がある。
米国の歌手
Susan Osbornが歌う Graduation である。映画「地球交響曲」第三番*1で歌われていてメロディーは同じだが、歌詞は全く異なる。

susan.jpg
http://www.youtube.com/watch?v=YEe4w4Imo9w

「我々人類をを含む他の全生命体を包容する母なる生命体である掛替えのない惑星地球、それは太陽を周回しながら、いくつもの銀河を通り抜け、果てしない宇宙へと旅する船である・・・」と言う壮大なスケールの歌である。 「友であろうと見知らぬ敵であろうと、我らはみな共に旅する道連れであり、生と死との終わりのない循環を通して進化していく・・・我々はこの太陽系の中にあって、歓びと悲しみ、笑いと恐れを分かち合いながら、この命の学校(地球)で共に歳月を過ごす、日が昇り沈むこの地球そして今、日々の美しさを分かち合い、決して忘れはしない・・・」と歌っている。

彼女の澄んだ美しい声、心の琴線に触れるような慈愛に満ちた歌い方、それに宇宙を漂う様なゆったりとした神秘的な気持ちにさせてくれる演奏である、実に素晴らしい。

「圧倒的に美しく慈愛に満ちたこの声に心地よく包まれる。気高く美しく大いなる愛に溢れるこの水の惑星ガイアは人と同じく意識を持っている。私達は今までたくさんの恩恵を受けて来た。私達は何をお返し出来るのだろう・・・愛と感謝の祈りを・・・」と評している方も居られる。


注:
*1 映画『地球交響曲(ガイアシンフォニー)』とは、イギリスの生物物理学者ジェームズ・ラブロック博士の唱えるガイア理論、 「"母なる星地球(ガイア)"は、それ自体が一つの大きな生命体であり、我々人類は、その大きな生命体の一部分として、他の全ての生命体と共に、今、ここに生かされている」という考え方に基づき、龍村仁監督によって制作されたオムニバスのドキュメンタリー映画シリーズ。
美しい映像と音楽、珠玉のことばの数々によって織り成されるドキュメンタリー映画 『地球交響曲』 は、環境問題や人間の精神性に深い関心を寄せる人たちのバイブル的存在となっており、草の根の自主上映を中心とした上映活動だけで、これまでに5600回以上上映され、延べ230万人に上る観客を動員、その数は今なおとどまることなく、かつてないロングランヒット作となっている。(地球交響曲HP) GAIA SYMPHONY Official Website by JIN TATSUMURA|ガイアシンフォニー
      *******************************************************************

nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

★iPS細胞「拒絶反応なし」

 放射線医学総合研究所などのチームはiPS細胞から作った皮膚や骨髄を移植しても、免疫拒絶反応が殆ど起きないことをマウスの実験で確かめたと2013110日発表。iPS細胞の臨床応用の可能性が拡大し再生医療の実現に大きな期待がかかっている。  


iPS細胞「拒絶反応なし」確認2013110日朝日新聞

iPS細胞拒絶なし001.jpg



 
iPS-derived cells provoke low immune responseNHKWORLD 

Japanese researchers have found that cells derived from induced pluripotent stem cells, or iPS cells, only provoke a low immune response in mice, in contrast to direct injection of iPS cells.

Medical researchers regard iPS cells as a key to regenerative medicine, as they can be used to create any body tissue or organ.

But a US university study released in 2011 said injection of mouse iPS cells directly into other mice with identical genetic patterns appears to trigger immune responses.

A team from the National Institute of Radiological Sciences based in Chiba, near Tokyo, transplanted skin and bone-marrow cells derived from mouse iPS cells into mice with similar genetic patterns.

The transplanted cells had been fully developed to skin and bone-marrow cells.

The cells provoked almost no immune response over a period of several months.

Hidenori Akutsu of the National Center for Child Health and Development says the finding is crucial in that it has confirmed there is no rejection of iPS-derived cells in animals.

The study is reported in Wednesday's online edition of the British science magazine Nature.
Jan. 10, 2013 - Updated 01:57 UTC (10:57 JST)

 


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

★地球サイズの惑星、天の川銀河内に170億個

地表に水が液体で存在できる「Habitable Zone(生命生存可能領域)」に位置している惑星を4個発見した事をNASAのケプラーミッション担当チームが発表しているが、それとは別の米天文学チームが今回発表した観測結果によりさらに多くの地球に似た惑星の発見に繋がるかも知れない。

★地球サイズの惑星、天の川銀河内に170億個 米研究
201319 12:15 (AFPBB News)

EarthSizePlanets.jpg

南米チリのラ・シーヤ天文台(La Silla Observatory)上空に輝く天の川(2012111日撮影、資料写真)。(c)AFP=時事 (AFPBB News)

19 AFP=時事】太陽系がある天の川銀河(Milky Way)には、地球と同程度の大きさの太陽系外惑星が少なくとも170億個存在するとの研究結果が7日、米天文学チームにより発表された。

 チームは米航空宇宙局(NASA)のケプラー(Kepler)宇宙望遠鏡を用い、天の川銀河に存在する恒星の約17%が、近距離で公転する地球サイズの惑星を持っていることを突き止めた天の川銀河には約1000億個の恒星があることが知られているため、約170億個の恒星が地球と同程度の大きさの惑星を持っていることになる

 これら惑星の全てに生命が居住可能というわけではないが、今回の観測結果により、地球に似た惑星を発見できる確率は高まった

 ケプラー宇宙望遠鏡は、惑星が公転する恒星の前を横切ったときに、恒星の光がわずかに弱まる瞬間を観測し、系外惑星の可能性がある天体を探した。結果、最初の16か月で2400個の候補が見つかった。

 米ハーバード・スミソニアン天体物理学センター(Harvard-Smithsonian Center for Astrophysics)のフランソワ・フレサン(Francois Fressin)氏らのチームはこの結果をさらに分析し、どれが本物の系外惑星かを選別、大きさごとに分類した。すると、恒星の17%に、大きさが地球の0.81.25倍で公転周期85日以下の惑星が存在していることが分かったという

 またNASAのケプラーミッション担当チームはこれとは別に、新たな惑星の可能性がある天体を461個発見したと発表した。うち4個は、地表に水が液体で存在できる「ハビタブル・ゾーン(生命生存可能領域)」に位置しているという
(c)AFP=時事/AFPBB Ne

記事の著作権は株式会社クリエイティヴ・リンクに属します。
[コピーライト] 2013 AFPBB News.All Rights Reserved.
※掲載されたすべての情報は、記事作成時点のものです。

 


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感
前の10件 | -

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

この広告は180日新規投稿のないブログに表示されます